なぜ、浦和はサッカーの街なの? 埼玉サッカー100年編

2013年3月2日

なぜ、浦和はサッカーの街なの? 埼玉サッカー100年編

浦和とサッカーでイメージをするのは多くの人が、サッカーJ1リーグに所属する、浦和レッズではないでしょうか。浦和レッズは、浦和をホームタウンにしており、観客動員数は全国一で、最も熱狂的なサポーターに支えられている。それ以上にこの街のサッカーの歴史は深いことをご存知でしょうか。1908年に埼玉師範学校(現埼玉大学)にサッカーが伝え渡ってきて以来、この街では、サッカーボールが蹴られてきました。高校サッカーは「浦和4校」を中心とした学校がしのぎを削って、実力を高め合い、同一市内での全国優勝回数は、21回と全国でも稀に見る成績を残しています。まずは、その埼玉サッカーの歴史を紐解いてみましょう。

 

■埼玉サッカー発祥の地の象徴・鳳翔閣はレッズのエンブレムにもある

埼玉師範学校の象徴的な鳳翔閣は校舎として使われた建物です。埼玉師範学校は、埼玉サッカーの発祥の地として歴史が残っていることから、浦和レッズのエンブレムにも鳳翔閣を模したデザインが施されています。この建物は、現在、さいたま市緑区三室に浦和博物館の建物として復元されています。

 

なぜ、浦和はサッカーの街なの? 埼玉サッカー100年編

浦和レッズのエンブレムにもなっている鳳翔閣。
現在はさいたま市立浦和博物館として使用されています。

 

 

■埼玉サッカーの歴史は100年を越える!

埼玉サッカーのはじまりは、1908年(明治41年)東京高等師範学校を卒業した細木志朗氏が埼玉師範学校(現埼玉大学)に着任され、東京高師で行われていたサッカーを学生たちに教え始めたことが埼玉サッカーのはじまりとされています。

つまり埼玉サッカーの歴史は100年を超えているのです!

 

昭和12年には埼玉初の全国制覇。埼玉師範学校は第19回全国中等学校蹴球大会で初の全国制覇を果たしました。埼玉師範学校があった地を示す『埼玉サッカー発祥の地』の像は、さいたま市役所の敷地内にあります。

 

市役所のロータリーに立つ銅像 島田忠恵氏作・鈴木国平氏デザインによるもの

市役所のロータリーに立つ銅像
島田忠恵氏作・鈴木国平氏デザインによるもの

City and Town

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浦和レッドダイヤモンズ 橋本光夫社長に訊く、浦和のまちと社会活動

浦和レッドダイヤモンズ 橋本光夫代表に訊く、浦和のまちと社会活動

2013年3月15日

浦和レッドダイヤモンズ 橋本光夫代表に、浦和のまちの印象やこれからの浦和とレッズの携わり方についてお話をお伺いしました。
Football

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なぜ、浦和はサッカーの街なの? 浦和レッズ編

なぜ、浦和はサッカーの街なの? 浦和レッズ編

2013年3月11日

1992年Jリーグ開幕の年に、浦和に”浦和レッズ”が誕生しました。浦和にレッズが来るにあたり、ひとつのエピソードがありました。 歴史がかけ違えられたら、埼玉スタジアムは赤く染まっていなかったのかもしれないのです。
Football

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なぜ、浦和はサッカーの街なの?

なぜ、浦和はサッカーの街なの? アマチュアサッカー編

2013年3月7日

埼玉サッカー発祥の地である、埼玉師範学校でサッカーを学んだ先生が浦和の中学校、高校でサッカーを指導することで、浦和のサッカーは発展していきました。なんと浦和4高校が、全国大会21回優勝という燦然たる成績を残しているのです。
Football

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なぜ、浦和はサッカーの街なの? 埼玉サッカー100年編

2013年3月2日

浦和とサッカーでイメージをするのは多くの人が、サッカーJ1リーグに所属する、浦和レッズではないでしょうか? しかし、それ以上にこの街のサッカーの歴史は深いことをご存知でしょうか。